本校では、宮崎県に伝わる災害文化「とんところ地震」の伝承を基盤に、住民・児童生徒・教員・行政が連携した、地域に根ざした実践的防災教育モデルの構築を目指しています。
○とんところ地震について
外所(とんところ・とんどころ)地震は、江戸時代の寛文2年(1662年)に、宮崎県沿岸で発生した大地震です。震源は日向灘沖と考えられており、強い揺れに加えて津波や地形の変化をもたらし、地域に甚大な影響を及ぼしました。宮崎県の歴史の中でも、特に規模の大きな地震の一つとして知られています。この地震の名前は、地震と津波によって外所村が海に沈んだという伝承に由来し、その出来事は現在も地域の記憶として語り継がれています。
2026年1月13日
宮崎大学教職大学院2年生2名が5・6年生を対象に、宮崎「橋の日」実行委員会より寄贈された「とんところ地震」紙芝居を上演してくれました。


2026年2月5日
4年生19名が外所地震をテーマに防災学習フィールドワークを実施しました。宮崎大学教職大学院2年生2名を講師として迎え、紙芝居「とんところ地震」の実演、バス内での防災クイズの出題、さらに石碑「外所大地震追悼供養碑」および「外所地震津波慰霊碑」の説明を受けました。


特別授業では創価大学の高橋洋子教授が「地図の達人になろう~知識を自分事に変えるステップとデジタルへの橋渡し~」をテーマで授業を行ってくださいました。

○「外所大地震追悼供養碑」
宮崎市古城町の平野を見下ろす、丘の斜面の中腹あたりに「外所地震供養碑(津波供養碑)」が建てられています。
もとは斜面下の家屋近くにあったものが移設され現在の位置となっています。
周囲には複数の石塔が並んでおり、その中央にある一基が1662年の大地震と津波を伝える大切な碑とされています。
古城地区の供養碑は、「とんところ地震(外所地震)」の津波で亡くなった人たちを弔い、その恐ろしさを後の時代に伝えるために建てられた石碑です。


○「外所地震津波慰霊碑」
宮崎市の海に近い「島山(しまやま)」地区には、地震と津波の犠牲者を弔う供養碑が並んで建てられています。もともとこの場所の近くには、
「外所(とんところ)という村があったが、1662年の大地震と津波で村が海に沈んでしまった」と伝えられています。
この地区の供養碑には「およそ50年に1度、新しい碑(ひ)を建てて供養を続ける」という特徴があります。最初の碑は江戸時代の1700年代初頭に建てられ、その後100回忌(かいき)、150回忌…というように、時代ごとの人たちが「忘れない」という気持ちを込めて石碑を増やしてきました。供養碑には、「いつどんな地震や津波が起きて、どれだけ多くの人が亡くなったのか」「これからも命を大切にしよう」といった内容が、難しい漢字や昔の文字で刻まれています。



また、フィールドワークでは「Field On!」を活用し、宮崎市の災害にかかる石碑などを記録しました。今後は学校周辺のハザードマップの作成などに活用していく予定です。
フィールドワークの様子は宮崎日日新聞、NHK宮崎放送局、テレビ宮崎、宮崎放送でも『小学生が「外所地震」を学ぶ』として取りあげられました。

●「Field on!」を使用した児童の感想
・撮った写真が、その場所が危険箇所なのか、安心・安全な場所なのか、自然環境なのか、どれに当てはまるかが分かるようにピン止めできるのがいいなと思いました。
・普通のカメラで撮った写真は、そこがどの場所かまでは分からないけど、「Field on!」だと、地図を見たら一瞬でどこなのかが分かるのが便利だなと思いました。後で振り返った時に、その場所のことを簡単に思い出せるのがいいと思いました。
・アプリの中で写真が撮れるから、いちいちカメラに切り替えなくてもいいのが楽でした。標高なども書いてあったので、危険か安全かが分かり、安心感につながりました。いろいろな場所で使えそうなので、いっぱい写真を撮って記録していきたいと思いました。
・僕は最初、位置情報が取得できず、現在位置がアフリカと表示されました。びっくりしました。タブレットの位置情報取得がうまくできていなかったためでした。落ち着いて先生と一緒に初期設定をやり直したらうまくいってほっとしました。
・当日は供養碑周辺の写真を撮りました。「撮影→写真を地図上に入れ込む→記録」までがスムーズにできてうれしかったです。なぜ、写真が地図上に入るのか不思議でした。

